今朝の車の中で&昼休みウェブサーフィン(この言葉、なんかもっとましな言い回しある?)しながら2度同じことを考えた。「“メディアの害”なんて、詭弁だ~」って。

今朝のきっかけはラジオ。実は、その話題が何だったか忘れたんだけど、聞きながら「自分の子供に暴力シーンが多い映画やビデオゲームを与えっぱなしにしといて『メディアのせいでうちの子は暴力的になりました』っていうのは、親としての義務放棄もはなはだしいよ…」と思ったんだ。別にたまに血だらけの殺し合いのシーンを見たっていいんじゃないのかなぁ。見たければ。表現の自由、そしてそれを見るのも自由。選んでるのは見ているその人か、見せてる親なんだから。(TVでも、最近じゃ「暴力を含むシーンがあります」だかなんだか警告してくれてるわけだし)どうしてもというならTVを家に置かなければいいし、余裕があるなら良質なチャンネルだけを選んでケーブルでもサテライトでも見ればいい。

それに、人間は目で見た情報をそのまま丸々飲み込んじゃうほど単純じゃない。たとえどんなに残酷で教育的に良くないシーンを見ても、それ以外のところできちんと知識を得てれば、善悪の判断はつけられるんじゃないかな。子供に大事なことを教えることなく、回りの環境に流されるまま子供を育てておいて、さらにそれを他人(メディア・ゲーム会社・国 etc.)のせいにするなんて、おかしいと思う。

昼に読んでたのはHotwiredのBlogについての記事。長いけど引用(下線は私が引いた)。

私は、企業が私達をコントロールしているとは思いません。誰かがあなたに考えを押しつけることができるのは、あなた自身が考えることをあきらめたときです。テレビがそのいい例ですが、もし私達がクオリティの高い番組を求めるならば、視聴率を重視するテレビ局は低俗な番組を流すのをやめるでしょう。新聞や雑誌も同様だと思います。政府による報道規制はありますが、それでも(中略)客観的な報道に務めようとするメディアもあります。こうした番組の視聴率は高くはありませんが、オーディエンスはセレクトされた層だと言えます。いうなれば、メディアの質は、大衆の質でもあるのです。自分達で考え、質の高い報道を1人1人が求めていくことが重要です。もし、そうしなければ、誰も優れた仕事をしなくなるでしょう。

by Rebecca Blood

こんなことをバシッといわれて、とにかく同感。

大事なのは、自分で考えられる人間になること。選択の自由がある世の中に生きる私たちにとって、すべて人のせいにするなんてナンセンスだ。

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